その日、ロンドンの英国立公文書館で目にしたのは、茶色に変色した17世紀初頭の紙の複製版だった。筆記体なのでほとんど読めないが、3枚目には一つの署名が記されていた。「William Shakspeare」(ウィリアム・シャクスピア)。これこそ「ロミオと ...
この春、春ものファッションよりも先に欲しかったもの。 それは、お皿。 以前からチェックしていた『1616 / arita japan 』。 お招き用ではなく、普段に夫婦で使う日常食器として、TY "Standard"コレクション(1616 / TY ...
地元の権力者に拘束された按針は、江戸時代の初代将軍で、日本を支配する軍司令官徳川家康に仕えるようになった。やがて彼は侍に出世した最初の西洋人となり、「青い目のサムライ」と呼ばれるようになる。伊東市では、1604年に初の洋式帆船を建造した彼の功績を記念 ...
『家康はどこに居たのか』 こう銘打った論考を、府立京都学・歴彩館の若林正博さんが2023年3月に発表した。その結論に、京都・伏見生まれの伏見研究者、若林さんは「思った通り」とニンマリ。家康は後半生を伏見で最も長く過ごしていたことが、文献など ...
4月23日は「サン・ジョルディの日」です。といっても、日本ではまだあまり知られていないかもしれません。 サン・ジョルディの日は、スペインのカタルーニャ地方で、毎年4月23日に祝われる伝統的なお祭りで、花(特にバラ)と本を贈る日とされています。
大河ドラマの名作『独眼竜政宗』がBS放送で再放送され、再び注目を集めている東北の覇者、伊達政宗。作家の濱田浩一郎さんは「政宗は豊臣秀吉に屈した後、徳川家に仕え、江戸幕府の大名として悠々自適の毎日を送っていた。政宗の従兄弟が政宗の日課を詳しく書き遺して ...
【※2015年10月3日静岡新聞朝刊掲載】 「下田は陸ではへき地だが、海では玄関口だった。それは江戸時代の初めも、幕末も変わらないん ...
当時、藤原兼家は公家社会での台頭を目論んでいたので、一条天皇の誕生は朗報だった。一条天皇が即位すれば、兼家は外祖父として摂政(あるいは関白)となり、権勢を振るうことが可能になるからである。
徳川家康は、自分の死後、遺体を駿河国の久能山に埋葬するよう遺言し、元和2(1616)年4月17日、生涯を閉じた。これに ...
「はい~」でおなじみ、テレビで見ない日がないほど大人気の芸人・やす子さんは、高校時代、どんな毎日を送っていたのでしょうか。部活にバイトに、全力を懸けた日々を振り返り、経験が今の自身にどうつながっていったのか、語ってもらいました。(文・本間美帆、写真・幡原裕治) ...